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あれ

2023/6/2 21:40:00

不審な動きをしている人は避ける。
知能の低い人は雇わない。

これらは差別主義者だろうか。

この事例が差別かどうかを判断するのは難しい。考え方や状況など、色々な判断基準がありそう。ただ、個人的に考えた道筋は書いておく。

「不審な動きをしている人は避ける。」のは差別になるかは、言葉の定義によりそう。これを「駅前で不審な動きをしている見知らぬ人を避ける」と解釈する場合、自分を守るという合理的な理由があるとみなせそう。とはいえ、不審な動きをしている人は危険であるという偏見でもって個人を判断し、普通の人とは異なる対応-ここでは避けるという行為-をしているから差別だと言えなくはない。

別の解釈として、「不審な動きをしている共同体の人との関わりを避ける」というのが想定される。この場合は差別をしていると言える。不審な動きをしているから関わらないという差別行為をしているから、差別と認定できそう。ただし、不審な動きというのが自分の心身に危険をもたらす可能性がある場合、合理的な理由による正当防衛と解釈できる。

「知能の低い人は雇わない。」というのは、職種によると思う。例えば知的能力が必須となる仕事-官僚や研究者-などで知能の低い人を雇わないというのは、知能が低い人は仕事ができないという合理的な判断基準があるから、差別とはいえない。とはいえ、知的能力が絶対的に必要とならない仕事なら、差別しているとみなせるかもしれない…

ただ、「差別主義者」という用語の解釈も考えなければならない。潜在的に差別をしている人を差別主義者と取る場合と、差別をすることを主義として掲げる場合とで分かれる。差別を批判する文脈では、前者の意味で使われている印象を持っている。後者は能力主義に代表されるような主義の解釈で、差別をすることを是として喧伝し、意図的に行っている人たちである。勿論、後者は良くないことは言うまでもない。

差別主義者の対極にいる人ってどういう考えを持っているんだろう。筆者の考えを述べていく。
まず、言葉にすごく敏感だと思う。言葉は思考を生み出すからだ。ある言葉というのが使われてきた歴史や領域、用法に気を払っていると思う。
次に、自分の些細な行動や思考のパターンにも気を使っていそうな気がする。ストレートな差別的な考えは勿論しない。属性抜きで人を見る困難さもいとわず、を属性抜きで判断する。効率重視で楽をしたがる人間の思考を拒絶し、己の本能と戦っているのだろうか。
情報の処理方法にも気をつけているかもしれない。ただ与えられた人の情報を与えられたがまま解釈しようと努力していると思う。何かのカテゴリで人を判断することは、偏見を生み出してしまうからだ。カテゴリ化という怠け癖を取っ払おうと心がけていそうだ。
それに、何かを判断するという行為をすぐにしないと思う。たくさんの情報を多角的に調べる。知ることにより、他者への偏見がずっと減ってくる。というのも、差別は恐れからも発生し、恐れは無知から生じるからだ。知ることで、過度に恐れる必要がなくなる。
これらのことから、拙速な判断よりも漸次的な思考を心がけると思う。そのため、ゆっくりした時間を求めていそうだ。とても真面目努力家で、理想のために生きるといった感じなのだろう。