IT 企業はなぜ面白さを履き違えるのか
「面白法人」と称するカヤックという IT 企業がある。鎌倉に本拠を置くウェブ系企業だが,もともとサイコロで給与を決めるなど一風変わった社内制度が静かに注目されていたところ,2014年末に東証マザーズへの上場を果したことで話題を集め,日本国内の中堅 IT 企業としては比較的高い知名度を得ている。
鎌倉に縁があることもあって,私はかなり前からこの企業のことを知っていた。確かにちょっと個性的な企業だとは思っていたものの,大きくなるような企業ではないだろうと考えていた。それというのも,「面白さ」というのは大々的にすればするほど冷めてしまうものだからだ。流石にそれは経営者も理解しているだろうと思っていたのだが,どうやら意外に拡大志向を持った企業らしい。
案の定,話題になるとともにその「面白さ」に対して批判的な意見もよく聞かれるようになった。面白いといっても,要はちょっと奇を衒った感じの小ネタ的な製品が多く,センスも中途半端なので,「面白」という自称に完全に負けてしまっているのだ。その上,業績が芳しくなく,明るそうな社内にも暗部があるようで,ある人はその体質を「面白ハラスメント」と揶揄している。カヤックの失敗(と私はあえて言うが)は,ある種の IT 企業の典型的な勘違いなのだと思う。
「対照」(コントラスト)は演出における基本中の基本で,例えば笑いなら日本の芸人がいう「緊張の緩和」がそれにあたる。これはカントに由来し,笑いを緊張(かたさ)と緩和(ゆるさ)の落差で説明する有力な理論だ。要するに,面白さとは「かたさ」と「ゆるさ」のメリハリに由来するということなのだが,しばしば「ゆるいだけ」が面白さだと勘違いされる。
カヤックの他にも,例えばニコニコ動画のドワンゴにもこの勘違いがよくみられる。ニコニコ動画は広告などでも若者言葉やゆるい表現,ネットスラングの類をわざとらしく多用してくるのだが,これが驚くほど面白くない。つまり,緊張の緩和が全く機能していない。そこはあえて控え目にした方が肝心の<ruby><rb>用者</rb><rp>(</rp><rt>ユーザー</rt><rp>)</rp></ruby>文化が引き立つのだが,運営側が面白さを殺してしまっている最悪の例だ。
もっとカヤックに近いところでいうと,LIG も個性的なウェブ制作会社として知られているが,いまのところ LIG の方がこの点は上手くやっている印象がある。少なくとも,「面白法人」などと自称していないし,一見普通のウェブ制作会社だと思っているとちょこちょこ,それもさりげなく小ネタを挟んでくるので,最初はちょっと笑ってしまう。もちろん,この辺のバランスは難しいので,もっと調子に乗り始めるとどうなるかは分からない。
カヤックのマズさは,単に面白さのバランス感覚に欠けているということに留まらない。「面白」を冠することの恐さが分かっていないように見える。一流の芸人ですら,「面白い」という前振りを恐れるのに,特別面白くない人達が「面白」を看板にしてやっていこう,という神経は凄すぎる。そこまで考えてやっと別の意味で面白く思えてくる,というのが狙いなら大したものだ。
そもそも,日本の IT 業界は暗黒時代真っ只中なわけで,真に必要とされているのは,ちょっと奇を衒ったようなことをする企業ではなく,真正面から諸課題に取り組んでくれる企業だ。そういうド真面目な設定の企業が,ところどころでユーモアセンスを発揮してくれるのが喜劇的にも理想なのだが……。