この界隈ですら,「内容に名前を付けて書く」という(ごく常識的な)発想がまだまだ根強いなあ。
デライトは,「内容に名前を付けて書く」以前の,名前はあるけど内容を書く時間がないことや,内容はあるけど名前のないことを書けることを重視している(そうでなければ知能増幅技術としては「遅過ぎる」)ので,そこをどう理解してもらえるか,が一つの鍵なのだろう。が,この調子だといつになるやら。
「あれ」がずらっと並んでいるのを見た時,ただ分かりにくいと感じるか,その特徴によって名前を付けにくいことも大量に書き出せている(その人の思考を知る手がかりが残せている)のだと考えるか。内容も名前も「書かなくていい」だけで「書けない」わけではないので,他の媒体では形にならないことがデライトでは形になっているだけなのだが,初見者にはそれがノイズに見えてしまうというのは,ナノブログ普及の壁。
ただ,マイクロブログも最初は情報量の無いページが乱立しているサイトにしか見えなかったわけで,時間の問題だろうとは思っている。