t_wの輪郭

2022年11月20日日記

2022/11/20 20:01:00

 午後から雨の予報だったので、午前から活動した。カフェでコーヒーを飲みながら読書をした。あとクロックムッシュを食べた。
 1時間ほどでカフェからは退店した。少し疲れてきていた。2時間ぐらいは居てもよかったが、自分の欲求に従い、「もったいない」という心を封じて行動したので、非常に贅沢な時間の使い方をしたように思う。

 カフェから退店した後、図書館に行って借りた本のうちの三冊を返却した。こまめに返却しないと、持っていくのが大変になる。図書館で何か借りたい本がないか探したが、特に借りたい本はなかった。そのまま図書館から帰宅した。

 午後もだらだらと読書をしていた。図書館で「自己組織化」で検索して借りてきた本が山ほどある。

 ここのところ読書しかしていない。コロナ禍で現実の人との関わりが無くなってしまった。というよりもコロナを言い訳にして、人との関わりを断ってしまった。いろいろと面倒になった。特にFacebookお客様とのつながりができてしまって、何もできなくなってしまった。現状、現実の私は、まるで何もしていない人間になっている。

2022年10月15日日記

2022/10/16 0:21:00

 朝早くに目が覚めたので、8時からカフェでコーヒーを飲みながら読書をした。『コンテンツ・インク戦略』を読んだ。良い本だった。その後ついでにピンチハンガーをダイソーで買おうと思っていたが、退店した時刻の9:30ではまだダイソー開いておらず、買うことができなかった。10:00から開いているらしい。ピンチハンガーが壊れ始めており、洗濯ばさみ部分のつまみが折れてきている。2ヵ所壊れている。日光で劣化し、脆くなってきているのだろう。


 昼に散歩しながら、「死んだ後も何か遺したいなぁ」などと考え事をしていた。t_w本人は性的魅力に欠けるので子孫として遺伝子を遺すことが難しい。書いた文章を遺したいという気持ちはあるが、何を書くべきかは分からない。『コンテンツ・インク戦略』を読む感じでは、他者の疑問の解消を目指すと良さそうだ。どんな疑問だったら私に解消できるだろう?しばらく考えてみたい

 何を書くべきかみたいなことを考えていると、すぐに「人類もいつかは滅びるのだから、何を遺しても無意味だろう」みたいな考えが沸き起こってくる。ニヒリズム思考停止を助長する。

 書いた輪郭を遺したいとは思うものの、どうやって遺したものだろう。『t_wの輪郭』があるので、最悪デライトが消えてしまっても書いた輪郭を遺すことはできる。ただ、死んだ後は『t_wの輪郭』のサーバーを維持できない文章を遺すdAppsとか作って、分散して残せる仕組みがあれば良いだろうか?もしくは書籍化して国立国会図書館に所蔵されれば良いだろうか?著作権を放棄して、コピーが出回るようにした方が良いだろうか?これについてもしばらく考えてみたい。


 22:00~23:00の間、友人とSplatoon3をしていた。途中、私の直属のマネージャーであるN氏も入ってきた。前に1 on 1で話したときに、フレンド登録したのだった。少し居心地の悪さを感じながら1時間プレイした。10分ほどしたら、感じていた居心地の悪さも無くなってしまった。
 調子はあまり良くなくて、デュアルスイーパーの射程をうまく生かす戦いができなかった。対戦ゲーム体調が大事だ。


 散歩中に考えたことをメモしていたが、文章化まではしていなかった。夜になって文章にして書き残しておきたいなとなったので、日記という体で書いた。さほど書くこともないだろうと思っていたが、書き始めてみれば意外と書けてしまった。

カフェで読書 2022

2022/12/2 23:22:00

 カフェで読書するのが最近の楽しみだ。これについて語ってみたい。

 カフェに行くということは、その時間にお金を使っている。自分を大切にできているような気がして気分が良くなる。

 カフェで読書をすれば、落ち着いた環境で本を読むことができる。これは自室の机が散らかるほど際立つ。自室の机に散乱するDr.Pepperやコーヒーの抜け殻。ガジェット類。雑に積まれた本。ポイントカード。ガムの包み紙。これらは有機的なある種の秩序をもって私を構成しているが、集中を乱す元でもある。

 コーヒー。そのカフェイン。最初は微睡んでいた脳が徐々に目覚めてくる。読書に向いた状態へと整っていく。コーヒーの残量はカフェにいられる時限としても機能する。少しでも長くいるためにチビチビと飲む。ホットコーヒーが冷め、アイスコーヒーの氷が解け切ったころに読書の集中力が切れる。惜しむことなくコーヒーを飲み干して退散する。

 カフェから出て帰路に就く。まだ1日が始まったばかりなのに、もうその日に満足している。朝起きてカフェで読書をすれば、1日が充実したものだったと確信を持つことができる。